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2006年05月29日

「気のせい?!」〜『気』のせい!

「じゃあ、不安になったときのために安定剤でも出しておきましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。気のせいかもしれないけど、この前いただいた漢方で気持ちは落ち着きますから。」
「・・・(^^;)」

安定剤とか抗うつ剤を飲むことに抵抗がある若い女性に、漢方を処方していて、その効果に驚かされることが多い。
すごくツラくて苦しいんだけど、薬に頼りたくない、できれば自分の力で治したいとおっしゃる方には、迷わず漢方をお出ししている。

実は診察室のサイドテーブルの中には、私が愛用している花粉症用の小青竜湯とプチうつ用の桂枝加竜骨牡蛎湯がいつも入っているので、漢方が初めて・・という人には、味見をしてもらっている。小青竜湯はちょっとニガイけど、桂枝加竜骨牡蛎湯はほんのり甘苦くて、これなら・・という人が多い。

それにしても、「気のせい」って患者さんから言われると不思議な気分になる。「検査をしてもどこにも異常がありません。気にしすぎです。気のせいです。」と医者から言われ、(このツラさをわかってもらえなかった・・・)と傷つく人は多い。挙げ句の果て「自律神経失調症」という病名をつけられ(宣告され・・といったニュアンスに近い)、症状を訴えることが罪悪のように責められるという話もよく耳にする。

うちのクリニックに来て漢方を処方してもらって人ならわかるのだか、私は2通りの診察をしている。一つは脈を取り(脈診、たんに脈拍を数えているのではない)、お腹を押さえ(腹診、西洋医学の腹部の触診ではない)、両足のツボを押さえて、身体の声を聞いている。もう一つ、説明が難しいが、私があらぬ方向をじっと観ていることがある。これが診察だなんて、フツーの西洋医学では考えられないことだから、患者さんによっては、その方向を振り向かれる方もあるが・・・(苦笑)。これは実は、患者さんのこころの聲を聴いているのだ。

漢方には、気・血・水という考え方がある。血は呼吸によって取り入れられた天空の気(酸素)と食べ物によって取り入れられた水穀の気を全身に運ぶ働きで、ほぼ血液に相当するもの。水は身体の水分。気は「元気」とか「気持ち」の『気』で、気功で取り組む『気』であり生命活動のエネルギーともいうべきもののことである。この『気』が滯ると、「気鬱」という抑うつ感や息が吸えない感じ、頭がぼぉっとする感じとして表れ、『気』のエネルギーが不足すると、いわゆる元気がない感じ、活力の低下として身体のだるさや疲れやすさ、として感じられる。また、気が逆流すると、頭痛や驚きやすさ、焦りやイライラ、のぼせあるいは動悸として感じられる。私がぼぉ〜っと患者さんのすぐ横や頭上の空間を観ているとき、実は、この『気』を観じているのである。

その診察所見から、その方に一番合いそうな漢方を選ぶ。大体は代表的な方剤(漢方薬のこと)を1種類。場合によっては、2種類。そして漢方がその方に合っているかどうかを確かめるために、1〜2週間後にもう一度来ていただく。多くの人は、なぜか、漢方は長く飲み続けないと効果が出ないと思っている。どうしてなのだろう?漢方は証(体質や所見)にピッタリ合っていると、1度飲んだだけで効果が表れる。ただ証は科学的に判定できるものではないので、こまめな調整が必要なのである。

そして2度目に来院していただいたときに、冒頭に書いたような「気のせいかもしれないけど、この前いただいた漢方で気持ちは落ち着きますから。」と言われるのである。まさに『気』のせい!これこそ、漢方が身体の声もこころの声も聞いているということであり、身体と心をつなぐ『気』に作用し、身体にもこころにも効いて、身体もこころも本来の自然治癒力を回復しつつあるということなのだ。

上に書いた「自律神経失調症」は漢方の得意分野。身体の体質だけでなく、こころの体質(?)も変わり、自然治癒力を回復していかれる過程をみていると、「自律神経失調症」とは、「『自立』神経失調症」だったのではないか?と思う今日この頃である。

2006年05月28日

ゆううつな月曜日の朝〜ブルーマンデー症候群〜

休み明けの月曜日の朝。充分寝たはずなのに、充分身体を休めたはずなのに、なんとなく睡眠不足気味で体もダルい。学校や仕事に「行きたくないなあ」と思った経験は誰にでもあると思います。

休日の疲れを持ち越したり、これから1週間のストレス一杯の社会の荒波の中に戻ることを思うだけで、気が重く暗澹たる気持ちになりますよね。厚生労働省の自殺死亡統計でも、月曜日の自殺が最も多く、また心筋梗塞の発症も月曜日は他の曜日より30%も高いという結果も報告あり、月曜日は精神的な不調や身体の不調を一番感じやすい曜日とされています。このような状態を「ブルーマンデー(憂鬱な月曜日)症候群」と言われていますから、耳にされたことのある人も多いのではないでしょうか?

月曜日に会社で会議や報告などがあったりすると、気分はもう最低。そんな時、「何を弱気になってるんだ!この1週間、頑張るぞ!」と、自分を叱咤激励するのは逆効果。また、そんな同僚や部下を「なまけ病」と叱責するのは、その人をストレスの泥沼から動悸や頭痛などで「行きたくても行けない」登校拒否、出社拒否といううつや心身症の状態に、さらに追い込んでしまうことになるのです。

こんな憂鬱な月曜日をどう乗り越えたらいいのでしょうか?休み明けの月曜日は、とりあえずその日一日だけ乗り越える心構えでいましょう。午前中さえ乗り越えたら、あとは帰宅時間を待つだけ。火曜日以降のことは考えずに、ウォーミングアップつもりで月曜の午前中だけを乗り切るような気持ちでいると、ある程度なんとかなるものです。

そして一番大切なことは、そんな状態をわかってくれる人に相談することです。ストレスの状態は、他の人に言われて初めて気がつくことも多いのです。わかってもらえたというだけで心の支えや守りになりますし、愚痴を吐き出すことで気持ちも楽になり、肩の荷がおりたりするのです。

「自分は弱くて駄目な人間なんだ」と自分を責めないで、そういうつらさをわかってもらえる守られた空間と支えられる人間関係によって、ストレスによって受ける影響も変わってきますし、ストレスがプラスのエネルギーに転換できるのです。

2006年05月23日

独り語りみたいな経歴

「先生はいろんな経歴がおありですねぇ。それでご専門は何科なんですか?」と聞かれ、答えに困ってます。
心のなかでは(「なんでもよ科」ですぅ・・)と九州弁でつぶやいていますけどね。

何科の医者になろうかと考えてたとき、やっぱり、専門は専門で持ってて、でも全分野が診れる医者になりたいと思い、長崎大学医学部付属病院の内科に入局しました。でも内科だけでは身体の中のことがわからないから、研修医を終えてから病理の大学院にすすみ、大学院では病理解剖とか顕微鏡での病理診断とかをやってて、すごく唯物的なマクロの世界にどっぷり漬ってました。でも大学院の間に臨床の腕が落ちないように、月に2回、土曜から月曜の朝までの2泊3日、救急専門病院で当直をしてたんです。

大学院を修了して、医局のグループにフィックスするときに、消化器・肝臓グループを選びました。私の出身医局は呼吸器感染症がメインで、肺癌、間質性肺疾患グループと呼吸器班が半数を占めてたけど、そのほかにも消化器(消化管&肝臓)、腎臓、循環器のグループがあったんです。肝臓班を選んだのは、一番小さなグループだったし、肺癌グループと共同研究が出来たから。その頃は、大学院が終わったばかりで実験が面白くて、いろんな文献を読みあさったし、分野に捕らわれずにいろんな手法を取り入れたりしてたから、4〜5人の大学院生の指導を受け持ってました。不思議なことに、この頃の私は、コワイ先生と思われていたようです。。。。(^^;)

大学付属病院で2年間医員として勤務した後、県内の中核病院(佐世保市立総合病院)に移動になりました。この頃、ルアー・フィッシングにハマってて、海の近い五島か、四国の病院を希望したんだけど却下されて、佐世保総合病院になってしまったんです。
そこで出会ったのが、私が親分と仰ぐ臨床の師。佐世保総合病院に赴任する前に、コワイ先生がいるからと散々脅かされたのが、親分のことだったんですよねぇ。一見、気難しくて、臨床に対しては妥協を許さなかったから、コワイ先生と思われていたらしいんです。でも私とはすごくウマが合って、勤務を抜け出して釣りに行くのを許してくれたり、本当に家族のように接してくれました。
今でも座右の銘にしてるのは「患者さんを家族と思え!」という親分の言葉。

ちょっと脱線してしまいました。(^^;)
佐世保総合病院の勤務時代に、留学の話が出たんです。たぶん肝臓班の次期担い手として、箔をつけさせようという教授のもくろみだったようです。留学先の候補に挙がったのは、ルポイド肝炎を提唱したメルボルンのモナッシュ大学のDr.マッカイのところか、若手で台頭しつつあったカリフォルニア・デーヴィスのDr.ガーシュウィンのところ。ずいぶん迷ったけど、この先の人生で南半球に行く亊なんてないよな・・・という理由でオーストラリアを選んだんです。それに早く医局という組織を離れたかったし、オーストラリアに棲息するルアー・アングラー垂涎の的である神の魚とも呼ばれるバラマンディも釣ってみたかったし。。。。

実際メルボルンに住んでみると、自然は豊かだし、実験はノンビリしてるし。研究は自己免疫疾患の抗体が認識するタンパク質のエピトープの立体構造を解明するってことだったのですが、いろんな意味で本当に最高の環境でした。でも年に2〜3回廻ってくる研究発表会の時は、2週間くらい前からデータを整理して、英語で読み原稿を書いて、ほとんど徹夜状態。それでもあの時の2年間は、貴重な時間でした。
休みの日には、ペンギンパレードで有名なフィリップ島まで車を飛ばして、ぼんやり海を見てたり、クリスマスホリディ(クリスマスから1月一杯くらいまで期間未定)には、旅行をしたり、チベット密教のリトリートに参加したり。もちろん、バラマンディも釣りに行きました。ケアンズの北1時間ほどのところにあるデイントゥリー河でボートをチャーターして。途中、ワニと遭遇したりしてスリリングだったんですよ。

オーストラリアから帰って来たくなかったんだけど、向こうで仕事を続けるにはグラントっていう補助金を取らなくちゃいけないし、それも私の性に合わないなーって思ったから、帰国して離島医療に携わることにしたんです。
撰んだ勤務地は五島列島の最北端の宇久島。小学生が牛を連れて学校に行き、学校の前の放牧場に放して、夕方、終業のチャイムが鳴ると、牛が放牧場の門のところに集まってきて、また一緒に帰るっていう長崎物語というバウムクーヘンのお菓子のCMで放映されたのどかな島でした。本土からフェリーで3時間、高速艇で1時間半のまるっきりドクター・コトーの世界。(五島とコトーのシャレではないので、念のため・・・(-_-;))。海が荒れてフェリーが欠航すると、漁師さんの漁船で本土まで救急搬送したり、自衛隊にヘリコプターの出動を要請したり。。。
だけど、閉鎖された空間だから、人間関係がタイトでちょっと大変で、嫌なこともありました。そんなところで、ある患者さんの死を看取ったのをきっかけに、福岡にあるホスピスに移ったんです。

福岡にあるその病院は、キリスト教(プロテスタント)を母胎として、「日本死の臨床研究会」でもかなり有名な病院でした。でも、正直、失望しちゃいました。ホスピス長でもある副院長とお会いして、これまで私自身が医療や医者という看板の陰に隠れて、人間として本当に死に逝く人と向き合ったことがなかったっていう話をしたとき、「弱いだけではダメです。信仰で強くならなければ。」と言われたんです。
だけど学会や研究会で発表されるケースの影に、その数倍の人が、結局、誰からも心をケアしてもらえずにホスピスで亡くなっていくのを目にしてました。信仰を持ちさえすれば人の心が救われるのか?それは、痛み止めという対症療法に過ぎないのじゃないのか!人が死ぬってそんなもんじゃない!誰も心のケアをしてない!って感じたんです。ペイン・コントロールなら、これまでの内科臨床の知識でかなりの程度出来たし、実際、やってきた。そうではなくて、ホスピスでは死に赴く人にどう接しているのか?を学びたかったんです。
ちょうどその頃に鬱になっちゃって、抗鬱剤を飲みながら仕事を続けて、ちょうどいい機会だから精神科の病院に移り、心理学の勉強を始めたんです。

福岡の精神科の病院は、すごく居心地が良かったんですよ。院長は一つ違いで話も合うし、他のドクターとも和気藹々で好きなようにやらせてくれたし。病院経営のノウハウを学んだのもここだったし、心理学の勉強のために月に2回くらい上京してて、たまたま組んだ整体師兼ヒーラーの人から教わったハーフ・ムーンを多用してたのも、この病院でした。だけど次第に東京と福岡を往復するのに疲れてきて、思い切って上京して首都圏でやってみようと決心したんです。

上京して最初に務めたのは、横浜の精神科の病院でした。古いタイプの精神科の単科病院で、何十年も入院している患者さんばかりでした。そこでは、私が得意とする身体の領域を扱えなかったんです。というか身体疾患に対して看護婦さん達が「ここでは診れません!」って拒絶反応を示されたから。
私一人なら、このくらいの身体疾患なら治療可能なのに、看護スタッフの協力が得られない・・・・・。羽をもがれた飛べない鳥と同じでした。どっぷりと失望して、お年寄り専門の介護療養型の病院に移ったんです。痴呆病棟を担当して、ここなら精神科、心療内科、内科という心と身体のクロストークを軸に、死に向き合えるかな?と思ってました。

 確かに、亡くなる患者さんと家族と一緒になって、患者さんを誘導してあげられるという充実感はあったんだけど、残念なことに、ここの病院自体が看護と介護の違いすらわかってなかったし、看護婦さんのレベルもバラバラで、患者さんと私の間で心のキャッチボールをしてるときに、いきなり看護婦さんがバッターとして登場してボールを打ってしまう・・・そんな脱力感に襲われたこともしばしばでした。

患者さんと私との間に人が介入せず一対一で向き合えるやり方を模索しつつ、訪問医療に就くことにしました。ちょうどその頃、心理のスーパーバイザーからら「そろそろ開業したら?」っていうプッシュもあって、いまのクリニックのの継承の話を聞いたところが、オーナーが訪問医療をやってるクリニックの理事長だったっていう奇遇もあって、クリニックを引き継ぐことになったんです。

心療内科・精神科・内科なんて看板を掲げてるけど、結局、人と人が出会うことを大事にしたいし、来てくれる人が心安くなっていただけるなら、医療という枠に捕らわれるつもりはないと考えているので、「セラピールーム游」を併設したんです。
カウンセリングとかサイコセラピーもやるけど、心のもっと深い領域から湧き上がるイマジネーションの自律性を大切にしたいから、ちょっとスピリチュアル・カウンセラーの江原さんっぽいこともやってます。霊能者じゃないんですけどね。でも、心に抵抗があるときは身体(チャンネル)からアプローチするっていう手法は使ってますけど、技法自体を使っている訳じゃありません。むしろ、なんだろ?自分の自然な瞑想状態の中から生まれてくるモノを相手と共有したいっていう感じなのかもしれない。

そのうちに、「セラピールーム游」のウェブサイトを立ち上げますので、お楽しみに♪

心理カウンセリングと心理療法ってどうちがうの?

心理カウンセリングや心理カウンセラーという言葉は、ずいぶん耳なじみになってきました。インターネットや街中でも、カウンセリングルームやカウンセラー養成校なども多く目につくようになってきました。

カウンセリングという言葉は、もともと「専門的な手続きに基づく相談やその技法」のことで、「個人のもつ学業や生活、人間関係など悩みや不安などの心理的問題について話し合い、解決のために援助・助言を与えること」という意味なのです。ですから、「どういう状況の時、どのように対応するのが相手のためになるだろうか」という判断が不可欠なのです。そのため心理カウンセリングでは、「今どんな状況で、その状況や人間関係がどのように影響を与えているか」という関係性を中心に、現在から将来へ目を向けるのです。また意識と潜在意識レベルにとどまって、思考や判断に基づく行動を大切にしていきます。

サイコセラピーは、心理療法あるいは精神療法と訳されますが、ここでは、サイコセラピーという言葉で統一します。サイコセラピーが心理カウンセリングと違うところは、ふだん私たちが意識できない無意識にふれるアセスメント(バウム・テストやロールシャッハ・テストなど投影法による深層心理検査)やインターベンション(夢分析やイメージワーク)などの無意識への探索を行うことにあります。無意識を対象とするため、過去の人間関係や出来事をどのように受け止めているかという、個人の内面や心象内界へ深く入っていくのです。

援助・助言を主とするカウンセリングが「ケア(care)」であるなら、サイコセラピーは「キュア(cure)」といえるでしょう。しかしサイコセラピーと心理カウンセリングは車の両輪のような関係で、クライエント(来談者)を一人の人間存在として自然に尊重し向き合い、クライエントの内的世界にそっと寄り添えるような、「核心(コア;core)」的なあり方だと考えることができます。

『セラピールーム游』は、どこにでもあるような心理カウンセリングルームやサイコセラピールームではありません。専門のトレーニングを積んだ看護師と医師がセラピストですから、カウンセリングやサイコセラピーにとどまらず、身体にアプローチするボディワークや生体エネルギー補正、呼吸法、ヒプノセラピー、あるいは瞑想のようなスピリチュアリティへのアプローチも可能なのです。

私たち二人のセラピストは、体と心、それにたましいを一つと考え、あなたがあなたでいられるよう、あなたの人生の旅のアテンダント(同伴者)としてサポートできたらと思っています。

うつは心の風邪?〜うつ前夜〜

「うつは心の風邪?」というブログの反響が大きく、もっと詳しく書いて欲しいという要望がありましたので、もうちょっと書き足してみました。

うつになったきっかけは、仕事が忙しかったことだってのはわかってました。一般内科医とホスピス医を兼任していたので、内科病棟の診察が終わってからホスピス病棟にあがるのは20時すぎ。ちょうど食事も済み、付き添いの方も帰られる時間です。この頃から21時の消灯前後が、患者さんが一番不安になる時間帯なので、いつも朝一番と、消灯のひとときをベッドサイドで過ごしていたのです。

でも、内科病棟からはひっきりなしにポケベルで呼ばれ、0時ちかくにうちに帰っても、夜中に電話がかかってくる。こんな生活が続いて、あるとき急にムシャクシャして、自分でも抑えられずに、携帯を投げ捨て、うちの電話を壊してしまったのです。神経がささくれ立ってたような感じでした。
朝はなんとなく疲れが残った感じで、身体も気分も重く、それでも定刻には病院に行ってました。ストレスがたまってちょっとうつ気味という自覚があったから、デパス、リーゼ、メイラックス、ソラナックスという抗不安薬(精神安定剤)やグラマリールやトリプタノールという抗うつ薬、うつに効くといわれる柴胡加竜骨牡蛎湯という漢方薬などを自分で処方して、服用していました。

だけど、お腹がすいたということを感じられなくなり、食べようとも思いません。栄養ドリンクや電解質ドリンクのような水物とか、甘ったるいお菓子なら食べれるのですが、食事を目の前にすると、急に気分が滅入ってしまうような感じでした。タバコの量も増えました。1日に2〜3箱。吸ってるとなんとなくシャキッとした感じがしますけど、本数が増えると吐き気がしてきました。また、身体も気持ちも疲れているはずなのに、夜はなかなか寝付けず、お酒の量も増えていきました。この頃、よく飲んでいたのがベイリーズっていうカルアミルクみたいな甘いリキュール。真夜中を過ぎて、酔いが回って思考が朦朧とした状態で、倒れるように寝付くんですが、朝早く目が覚めてしまうという生活が繰り返されていました。

そんな頃、在宅で看ていたガンの末期の患者さんが亡くなりました。夜中に何度もお宅へ伺い、家族と一丸になってお世話をして、大勢の家族に見守られながら安らかな最期を迎えられました。「よく頑張ったね、お疲れさま、ありがとう」そんな言葉がフッとこぼれました。同時に自分の中でも何かが終わったんだっていう、充足感とは別の空虚さが広がっていくのを感じていました。告別式の朝、起きようとすると、寒気がして節々が痛い。あれっ?インフルエンザ?予防注射はすませてました。B型かな?と自己判断し、その頃はまだリレンザとかタミフルというインフルエンザの特効薬がなかった頃なので、上司の先生に事情を話し、2〜3日お休みを取らせて頂くことにしました。熱の出た初日はただひたすら、惰眠をむさぼるように丸1日以上寝込んでいました。翌日、ちょっと熱が引いてきて、うちのなかで動けるようになっても、なんだかふわふわして地に足が着いてない感じで、すぐにベッドに倒れ込む状態。でもベッドに横になってるとソワソワして、起きなくちゃ!っていう思いが強くなる。まぁ病み上がりだからそんなもんだろう。何日かすれば元気もでるさ!と、気楽に思おうとしてましたが、激務から解放されてホッとした感じと同時に、この状態でまたやっていけるのだろうか?という不安はありました。

今日から出勤という朝、熱は引いてましたが、なんとなくだるさは残ってました。さぁ!起きよう!と、自分に気合いを入れて起きあがろうとしたものの、あれっ?!という感じで起きあがれません。身体がいうことをきかないのです。あと5分休もう。そうやってだましだまし、なんとか起きようとしましたが、起きあがるとふらふら・ユラユラ。あぁ・・・ダメだ・・・。急に涙が出てきました。ダメになってしまった。仕事に行けない。。。。とりあえず、今日は休ませてもらうことにしました。休んでいいと言われてから、また涙が溢れてきました。どうして涙が出るんだろう?自分が知らないところで、自分の心の中も変調が起きてる。そんな感じがありました。とりあえず安定剤を飲んでみて、ちょっとは気分が落ち着いたような感じなので、明日は病院に行こうと早めにベッドに入りました。

でも翌日もダメでした。目は覚めるけど身体が動かない。さすがに何か異常な状態が起きてる!ってことが実感できました。上司に連絡しようとしても、受話器を取るのもおっくうで、ようやく電話をかけたのはお昼前。どうもうつみたいだ。どうしよう?!クスリは自分で処方できるから、カウンセリングでなんとかならないものか?ネットでいろんなクリニックを検索し、カウンセリングをやってるクリニックに電話をかけました。「初めての方ですか?カウンセリングを受けられたいのですね?カウンセリング希望の方も、最初は先生に診察をしていただいて、それでカウンセリングで大丈夫かどうか判断していただかなくちゃならないんです。」そう言われて診察の予約が取れたのが1週間先でした。あと1週間、こんな状態が続くんだろうか?出口のないトンネルに迷い込んだような、とてつもない不安でじっとしていられませんでした。

つづく・・・・

2006年05月22日

女性と漢方

日本医科大学名誉教授の荒木勤先生が日本医師会誌に、『こうありたい21世紀の女性のヘルスケア』というタイトルでこういうことを書いていらっしゃいました。『女性のヘルスケアを考えるうえでの背景には、女性の加齢とそれに伴う卵巣機能、性機能の変化を無視することはできない。

小児・思春期から性成熟期、更年期さらには老年期にわたるヘルスケアは、内分泌環境の変化のみに集中するのではなく、精神的・心理的な心の病も診ることが必要である。女性のヘルスケアは機能的、器質的ないわゆる身体疾患のみにとらわれず、身体と心のトータルケアから診る必要がある。
中略
 いずれにしても、20世紀の技術を使っての、薬物による治療だけでは、女性のヘルスケアは成り立たない。21世紀の女性の健康管理には心のケアが大切であり、最も重要である。』

女性の場合、月経と心の問題の間に密接な関係があることはよく知られていますよね。今から約100年くらい前にすでに、月経前には焦燥感、抑うつ気分といった精神症状のみならず、過食や万引きといった逸脱行動や、片頭痛・過眠などの身体症状が20〜30%の女性で観察されることが知られていました。このような状態はPMS(月経前症候群)やPMDD(月経前不快気分障害)として広く知られるようになってきました。月経前になると20〜40%の女性がPMSの症状を経験し、そのうち2〜10%が仕事や人間関係において支障をきたしていると報告されており、日常生活や社会生活で大きな障害になっていることもあります。

PMSやPMDDでは、不安・抑うつ、緊張、睡眠の異常、焦燥感、情緒不安定、集中力・判断力の低下などのうつ病と似た精神症状が認められ、さらにPMDDは中枢におけるセロトニン系のニューロトランスミッターの低値が認められることが多く、PMSの精神症状版とみなされているため、抗うつ薬や抗不安薬を処方されることが多いようです。それで症状が楽になるなら、それでいいのでしょう。しかし月経という元々生体に備わった仕組みに伴うPMSやPMDDという症状は、はたして病気(疾患)なのでしょうか?PMSやPMDDが疾患であるなら、その疾患の原因となる月経も生体にとっては有害なものなのでしょうか?

「21世紀の医療は科学、技術を超えた心のケア(humanized care)が重要視される。」という、身体だけでなく心に対する荒木先生の暖かいまなざしに、すごく感銘を受けつつも、でもやっぱり病気と健康、あるいは疾病と正常という対立や、不健康や疾患は悪いものであり、なんとしても治さなくてはならないという強迫的な感じを感じてしまうのです。

身体と心のクロストークには、漢方の考え方がすごくマッチします。漢方では、病気は「気」「血」「水」というエネルギーのバランスの変位ととらえます。症状が強いからバランスの乱れが強い、あるいは疾患が重いということではありません。すごく乱暴な言い方ですが、こういうバランスの乱れを感じるのがPMSのような症状であり、それが物質レベルに顕在化したのが内膜症や子宮筋腫のような器質的な疾患であると漢方ではみるのです。


漢方では器質的な疾患や診断をベースに診るのではなく、症状として感じられるエネルギーの状態からアプローチします。また、漢方は症状や疾患を取り除こうとするのではなく、もともと生体に備わったバランスを補正し、回復する手助けをしようとするのです。上記の荒木先生の言い方をまねると、「調和としてのケア(harmonized care)」といえるかもしれませんね。

2006年05月18日

夢のカウンセリング

正確にはカウンセリングというより、夢のサイコセラピーというべきか。。。
夢を聴きながら、セラピストの私は、胸が切ないような苦しいような感じと、肩甲骨の間、風門が塞がったような感じを味わっている。

「冷や汗が出て、縮こまって硬くなった感じ」と話しながら
クライエントの左肩が上がっているのが眼に留まる。

その感じを感じてもらうけど、
内省が深まらないというか、感じに同一化できない。
これが彼女のエッジなのか?

傷を大事に保護して防衛している感じと、
それでも立っていられるんだよ!という思いが
セラピストである私の中に湧き上がってくる。

そのことを伝えると、彼女の眼から
涙が数滴こぼれおちる。。。

「どうした?辛かった?」と聞いても、
彼女自身は涙のわけが意識には上がってこない。
困惑気な複雑な表情をみせながら
でも確実に何かが活きはじめたという実感はある様子。

しばらく、彼女の自分探しの内面の旅に
お付き合いすることになりそうだ。