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2006年06月19日 / 月曜日 / AM 9:16
私たちの内には、いろんな自分が生きています。「もっとがんばらなくちゃ!」と言ってる頑張り屋の自分。「もう疲れたから、休みたいなぁ。」と言ってる弱音を吐く自分。「遊びに行きたいにの休みが取れなくて行けない!」と怒ってるイライラしている自分。
私たちの意識は、ふつうは自分の中のどれか一つの自分に同一化してしまっています。たとえば、頑張り屋の自分に同一化していると、「休みたい」という体や心からの重要なメッセージを受け取れずにバランスを崩し、ストレスや過労で倒れる・・といったことが起きてしまうのです。
そうならないためには、自分の中のいろんな自分に、かたよることなくまんべんなく注意を払い、耳を傾ける態度が必要ですよね。大切なのは、自分の中の一部、特に言葉や考えになる以前の、「なんとなく・・」とか「あいまいな感じ」。これらがブログのタイトルにも書いている「こころの聲を聴く」「からだの声を聞く」ということ。
このようなメッセージは、心の状態や身体の症状だけでなく、夢やなぜか気になる物事や人間関係として出てくることがあるのです。一見、何の関係もないようなこれらの現象や出来事が、じつは一つのメッセージを教えてくれていることが多いのです。
夢や人間関係ではわかりにくいでしょうから、症状を例にとってみましょう。上に書いたように、私たちはふつう「症状で苦しんでいる自分」に同一化しています。でもその症状を作り出しているのも、実は自分の一部なのです。
心理面接の中で症状が語られるとき、自分でも気づかずに繰り返している動作に、大切なメッセージが含まれているのです。それは、もう一人の自分である「症状の作り手」。たとえば、「不安で動悸がする・・・」というとき、手のひらで胸をタッピングしていませんか?その感じを感じてもらうと、不安どころか「大丈夫、まかせておけ」という力強いメッセージが帰ってきたりするのです。不安だったのは自分の中のほんの一部の自分。でも症状として感じていたもう一人の自分は、不安な自分を気遣い、一生懸命がんばっていたのですね。
同じようなことが人間関係にも表れてきます。気の合わない上司や同僚とのいざこざ、夫婦や親子の間の関係、恋人同士での仕事と恋愛の選択などなど、人間関係ほど、私たちの人生の中での最大の悩みはないと言ってもいいくらいです。
実際に、うまくいかない人間関係においては、人間関係の中で「犠牲者」という役割(症状で苦しんでいる自分)を演じていることが多いのです。症状と同じように、相手から感じる「何か」が「生きられていない自分の中の一部(ユング心理学でいうシャドゥ)」を表現していることが多いのです。自分の中の「生きられていない自分」に気づき、その自分を生きられるようになることが、かけがえのない自分自身の信頼でもあり、他人への信頼でもあるのです。
自分の内なる聲にちょっと耳を傾けてみましょう。苦しんでいる自分に「ほんとうに、がんばりましたね。あなたはこれまで、そんなに苦しかったのに、ほんとうによく、がんばってきましたね。」と声をかけてあげて。
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